
2003年
11月05日号
ボイジャー1号、ついに太陽圏を脱出か?
このページは、NASA情報の
2003年11月05日号です。
ボーイジャー1号が、どうやら太陽圏の端に達したようです。これは、クリストファー・コロンブスの偽りの報告ではありません。
太陽から130億キロメートルあまり、26年の旅行は太陽系の最も遠くに到達した宇宙船として記録を更新しています。
ところで、太陽系の端はどのように見えるのでしょうか?
ちょっとだけボイジャー1号に尋ねてみましょう。
私たちの太陽系の全ての惑星も物体も太陽からの超音速の風によって作られる泡のタイプによって囲まれています。
科学者は、最初に木星と土星をロボットの目で見た宇宙船が、現在その泡を破くように通過中あるいは、既にいくつかの泡を破った可能性があると考えています。
この画像は、ボイジャー2号と2号よりも速く動いているボイジャー1号の場所を表します。これからまもなく太陽圏のターミネーション・ショック(端の衝撃領域)に達します。
左に至るまでの劇的なオレンジ境界は、ボウショックを示して、恒星間のガスが太陽の環境に出くわして、理論的な領域がつくられます。
それが太陽風の力に関して動くから、ターミネーションショックの場所または恒星間のガスと太陽風が混ざり始める領域への境界線は、科学者に対して謎でした。
Credit: NASA
Credit: NASA
ボイジャー1号は、惑星間空間に接する最初の人工の物体で、惑星地球の知的生物は太陽の保護する繭から出る道を切り開きました。このことは、私たちの環境でそして人類の知識において明らかに一里塚として記すことになります。
1970年代の興奮させるロボット探査時代に始まった同一の宇宙船からなる2台のボイジャー飛行が、これまでに一番遠くに旅行した人工物体となりうることは、最も外の惑星の冥王星の軌道からほぼ60億キロメートル遠くに達していることを意味します。
ボイジャーは、1979年に木星周辺で土星のリングのクローズアップとリングの証拠と同様に、木星の月のうちの1つイオで地球の外側にある火山の最初の眺めを提供しました。
ボイジャー2号は、1986年と1989年に天王星と海王星の非常に最高の観察を提供しました。
また、両号とも重要な惑星大使に任命されて、惑星地球の文化と多様性を描写するとして選ばれた音とイメージを記録した12インチの金メッキの銅ディスクを持っていて、ボイジャーが出会うかもしれない太陽系外の生物が再生することも可能になっています。
クリストファー・コロンブスは、世界が丸かったということを証明するために外洋を航海しなければなりませんでした。
では、どのように科学者は、太陽風によって吹きつけられる泡が私たちを囲んでいると確信していますか?
太陽圏の範囲内のすべてが太陽(ギリシア語の『helio』)によって影響されるので、科学者はイメージでボイジャー軌跡の左側に、暗い地域をheliosheath=太陽の鞘(覆い)と呼んでいます。
ところで、太陽圏の境界の向こうに何があるのでしょうか?
天の川銀河の眺めから出発する左の画像のアニメーションの中のオレンジ・ガスは、恒星間の媒体を描写します。
太陽圏が、水中をボートのように通って動いているので、ボウ・ショックをつくり、恒星間のガスを強行突破します。
太陽圏の途切れ(heliopause)は、恒星間の宇宙のすぐ前の境界あるいは他の星からの物質が止まって支配権が引き継がれる領域で、ボイジャーがあと20年かからないと脱することができないところです。
しかし、『ターミネーション・ショック』の理論上の境界線を過ぎて、太陽圏の鞘(覆い)として知られている流体領域に入ることは、その究極のゴールに対する最初のステップを記録します。
太陽圏の鞘(覆い)は、太陽風がかろうじて届く領域を象徴するように、最後の科学の問題を混合し構築する恒星間のガスの突破口です。
そして、それから先に何があるのでしょうか?
NASAの科学者は、理論上の境界線を流し台の中で板に反射する水のようにたとえています。
それは、明らかな一直線や丸い境界ではなく、とても流動的な境界線は、研究者にとっての課題であった小さい先端部分を動かします。
いつボイジャーが境界を越えたかについて知るのは非常に難しくて、事実2つの科学チームが宇宙船からのデータ流れについて普通でない表示の異なる解釈で埋め尽くしています。
Credit: NASA/ESA
Credit: NASA/ESA
この画像は、流し台の中の板で動く水の動画からで、太陽圏の境界概念を表そうとしたものです。
作られる最初の境界が、ターミネーション・ショックのようで、ショックと端の間の水は太陽圏の鞘(覆い)です。
水は端に向かって移動し、それから、戻り、太陽風と実際に科学者が境界を理解した理由に類似するような急激な発達が存在します。
太陽圏の途切れの様に、一旦水が端に流れるならば、それは流し台またはこの事例では惑星間空間で外になります。
この動画は、2003年10月28日にソーホー宇宙船が撮った太陽面爆発で宇宙に猛威を振るう太陽風の連続観察です。
ボイジャーは、科学的な難問を解きほぐす手掛かりを伝えるとともに科学者たちにこれまでの多くの「教科書」を書き直すようにも刺激しています。
しかし、太陽とボイジャーについて予測するためのモデルは、あまりにも粗いものです。
前述したようにボイジャー1号の現在地点については、惑星地球から離れることができない科学者たちにとって実際にその目で検証できない未知の領域であるために、2003年11月5日の時点で2つの対立する見解があります。
これからしばらくは、この2つの科学者チーム対立点などについて考察してみたいと思います。
2002年8月にボイジャー・プロジェクトの科学者は、太陽から離れて流れている多くの低エネルギー粒子の面白い若干のデータを見ました。
APLグループは、これをこの特定エリアで行き止まりに着いている太陽からのエネルギーと解釈しました。
全てのモデルと理論は、それが太陽系の端が惑星間空間からの圧力に見舞われ始めるところであると科学者に伝えているようでした。
例えば、私たちが浜辺に座っているとき、風次第で波が非常に強くなったり吹き飛ばすこともありますけれども、凪の時や微風ならば濡れた物を完全に乾かします。
太陽風は、ころころ変わり、熱いときにはボイジャーを推し進めます。しかし、冷たくなったところならば退かせる働きをします。
ボイジャー1号と2号は、全く同じ宇宙船ですが、異なる飛行経路を進んでいます。
1977年8月20日にボイジャー1号が、9月5日にはボイジャー2号が打ち上げられました。
ボイジャー1号が1年でおよそ3.6AUの速度で、ボイジャー2号が1年でおよそ3.3AUで疾走していますけれども、両方とも太陽からおよそ130億キロメートル近辺です。
1AUは、およそ1億5千万キロメートルになり、太陽と地球の距離で1天文単位です。
2月から8月を通したこの変なデータが出現したことは、6ヶ月の間ボイジャーが浜辺で引く波のように太陽風に退かされる太陽圏の鞘(覆い)の中に入ったとAPLチームを確信させました。
一方、他の科学者チームは、計器からのデータを分析して、単にターミネーション・ショックの境界とすれ合っているだけで、太陽圏の鞘(覆い)の中に入っていないと結論しました。
両方のグループが不確実などんなことが6ヶ月の間にあったとしても、科学者の両チームはボイジャーが太陽風の泡の範囲内で現在、再び戻って来年または最初のターミネーション・ショックの間を越えると確信しています。
科学者たちはいずれにしてもターミネーション・ショックの近郊か中心部に近づいていると結論付けています。
Credit: NASA
科学者は、彼らの理論の基礎を形成するこのターミネーションショック現象の例を見ました。
私たちの太陽より強力な星からの風が、近くのオリオン星雲で若い星と衝突したので、ハッブル宇宙望遠鏡は引き起こしているボウショックの画像を撮りました。
速い星の風が、遅く動くガスと衝突したので、ボートが水中を動くときに引き起こす波のように衝撃正面を作りました。
この画像は、ハッブル宇宙望遠鏡が1995年2月に撮ったものです。
弧を描く優雅な構造は、実際に半光年の範囲があるボウショック(恒星間の衝撃正面)です。そして、このボウ・ショックは、星のL.L
から吹いている風でつくられています。
オリオン星雲と衝突しているOrionisは、流れます。
Credit: NASA, The Hubble Heritage Team (STScI/AURA)
残念なことに、太陽風を測る計器は、機能を停止しました。
残りのいくつかの計器で観測の弱点を補おうとしましたけれども、それはそれらの事象のケースを証明するために科学者の一部に対して、多くのあてずっぽうと探訪の方に向かわせるだけになります。
論争から生じる動揺は、科学集団に影響を与えて、ボイジャーの旅行に多くの人々の魅了を引き続けます。
ボイジャーは、遥か遠くから科学者に対して理論を作らせそれから何度も修正させて、毎日扱う不確実性の大きい例を提供しています。
このことは、科学者を始め惑星地球の知的生物が、誰もこれまでに行かず存在しなかった場所に先立って新しい発見をし続けることです。
それは、まさに探査の核心に他ならないでしょう。
若干の補足と関連画像、動画については、2003年11月06日号として近日中に公開します。
Credit: NASA